【本】日本のこころの教育 | ともむすび

強い愛国心は排他主義、
差別を生むって思っていたけど
この本を読んで、
必ずしもそうではないと知れた。

 

むしろ“日本”に込められた
想いを受け継ぐことは、
自分と他(た)を共に尊重できる
礎になるのではないかと感じた。

なぜならそこに、
“生命”の意味が含まれていたから…。

 

著者は国語の先生だ。
ドイツ人の校長に、
「さようなら」の意味を問われ、
困惑するところから、
“日本”を知っていく物語がはじまる。

ちなみに英語の「グッド・バイ」は
もとは「ゴッド・バイ」で、
“神様があなたのそばにいて、
見守ってくれますように…”
という意味なのだそう。

 

読みはじめから、
生まれ育った国について
知らないことばかりで
恥を感じながらも、その反動でか、
読み進めるスピードがどんどん上がる。

 

まず「日本」という国名は、
“日の(格助詞)本”、“日が本”、
つまり
“私たちの生命は太陽が元”
という意味で、
日本人は太陽と太陽の恵みを大事にし、
感謝して生きていた。

太陽の動きと生命を結びつけて、
太陽を崇拝した国は他にもあるけど、
国名にまでしたのは日本だけ。

地球上のすべての生命はみな、
この恵みによって生かされている。
それを心から感謝することによって、
自分が大自然の子でもある
という自覚が生まれるー。

日本人が、太陽に生かされていると
自覚している民族だということを、
垣間見れる言葉が他にもある。

 

「カミさん」は漢字で
「日・身(カミ)」と書くのだそう。
太陽の身体ー。
“オカアサン”の“カ”は、太陽という意。
“オカアサン”は、
子を産み、育ててくれる。
輝きながら愛という恵みを
惜しみなく与えてくれる。
その姿は
まるで太陽のようである、として…。

 

一方“オトウサン”は、
夫が自分や子どものために一生懸命、
外で働いて生活の糧を運んでくれる、
太陽のように尊い人 、
“尊(トウト)”からきているのだそう。

 

一番身近な存在の呼び名に、
生命の元である“太陽”の存在。
太陽、そして両親をどれほど敬い、
愛していたかが伝わってくる。

 

太陽のような
“オカアサン”の愛について、
蟹工船を書いた小林多喜二と
その母との実話は、
無条件の愛を感じ、涙が溢れた。
ぜひとも直接読んでほしい!
って思った場面の一つ。

 

そして、
「今日は」と「さようなら」にも
太陽と関係する意味が…。

 

「今日は」は、
「今日は、お元気ですか。」と、
もともと続いていた挨拶なのだそう。
この「今日」も古くは太陽の意味で、
「元気ですか」の“元気”も
“元の気(エネルギー)”、つまり
“太陽のエネルギー”のこと。

 

「今日は、元気ですか。」は、
“太陽さんと一緒に
あかるく生きていますか?”
という確認の挨拶で、

 

「はい、元気です。」つまり
“はい、太陽さんと一緒に
元気に生きています”の応答を受けて、

「さようなら(ば)、ご機嫌よう。」
“太陽さんと一緒なら
気分がいいでしょう”
と返る挨拶になるのだそう。

 

「こんにちは」と「さようなら」に、
こんなステキな意味があるなんて…。
知れて嬉しくなったのと同時に、
文化や伝統は意図的にも
壊されてきたのかなとも思ったり。

 

きっと精神性の団結は、
統一や操作するのに
不都合だったはずだから…。

 

本の中の、
“他人(国)の良さを
まねするのも大事だけど、
同時に自分(国)の良さも知らないと、
他律的に振り回されることになる”
という言葉にも頷いた。
自他のバランスと本質を掴む力。

“日本”は、“太陽が元”という意。
それはすべての生命に共通する本質。
それを伝え、
実践できるような教育の場では、
排他主義を生むどころか、
自他の生命を大切にできる
博愛の人が、
健やかに育っていくんじゃないかな。
原点回帰は、
シンプルな本質に気づかせてくれる。