生誕100年 ユージン・スミス写真展 | ともむすび


畏れ多い言葉だと感じながらも…憧れの写真家さんがまた増えました。
写真史上、もっとも偉大なドキュメンタリー写真家のひとりである
W.ユージン・スミス(1918-1978)。

先日、友人と“生誕100年 ユージン・スミス写真展”に行ってきました。
フォト・エッセイ手法をとっている彼の写真・その連なりからは、
“自分”という存在を限りなく消しているからこその被写体への寄添い、
愛が感じられる写真で、とても心弾みました。

“自分を消している”と表現しましたが、
彼が何を大切にしながら撮っていたかは写真を見て容易に想像できるほど、
想いや信念、哲学は各写真にギッシリ詰まっていて、今もなおそこに生き続けている。

被写体にカメラ(撮り手)を意識させていない。
それは信頼関係があってこそ、
そして何よりも、相手を尊重しているからこそのものだと感じました。

あの距離感で、あれほど意識させていないと感じられる写真からは、
誠意を持って被写体と向き合い、根気よく通ってきたことを想起させられます。

また、フットワークの軽さや、
“より自然に”“演出で事実を歪曲し(すぎ)ないように”
…編集側との対立がありながらも信念を貫く強さ・美しさ。
感性+道徳性を常に極めようとする姿勢にも感銘を受けました。

特に後半、
ユージン・スミスの興味の対象や撮影技法…すなわち写真が、
時代の流れと共に変わっていくことから、
彼がどんどん自由になっていくような様子も伝わってきました。
まるで彼の人生…精神成熟の道を辿っていくような、とても濃い写真展でした。

合間にある説明文に書かれた哲学的な言葉にも心魅かれ、
自分も改めて“認知してから/認知しながら撮る”
対象を知ろうとし、知りながら撮ることをしていきたいなと思いました。

人、世界、そして自分…
知ろうとすることの大切さを、
誰かを思いやるあたたかさと共に心から感じられる時間となりました。

最終的にはやっぱり、“その人(だから)/人間性”に行き着く。
私もまず、うっかり棚に上げることがないよう自分の無知や未成熟を意識し続け、
そこから精神を成熟させられるように学び続けていきたいです。