“残す”ことへの想い | ともむすび

「大きくなったら何になりたい?」
「将来の夢は?」
の問いに対して覚えていた答えは、
幼稚園児だったときの“ケーキ屋さん“と、
中学生だったときの“公務員”。


母が、
小さい頃の作文や図工の作品を
引っ張り出してくれたおかげで、
たくさんの自分と再会することができた。


“公務員”になりたい理由には、
“親孝行したいから”とあった。
この時期から、
“なりたい”よりも
“なったらいいんだろうな”を選択。


そう考えるに至った
過去の自分の気持ちに近づきながら、
だけどここから
“自分の人生を生きる”大切さを
知る旅が始まったと
言えるのかもしれない、と思えた。


公務員の上に
もうひとつ書いてあったのは、
“歴史関連の仕事”。
理由は、
“未来の人々のために
動いてくれた人々のことを知りたいから”
とあった。


それから
中学1年生の時の版画を見ては、
懐かしさを覚えた。


夕陽が沈みゆく海辺の景色を見ながら、
いま自分の目に見えるのは
美しい景色だけれど、
ここにも血に染まるような
悲しい歴史があったんだ…
当時、そんな思いに駆られていた。


過去に生きていた
名もなき人たちの記憶。場所の記憶ー。


残したい、残さなきゃ…
半ば強迫観念のような
自らの欲求について、
ずっと何故だか分からなかった。


だけど最近になって、
歴史を知ることは
自分を知ることなのではないかと
体感するようになり、
だとすると
残すことで、
未来の人たちに
いのちの記録を届けたいと
思っているのかなと考えるように…。


あなたのいのちは、
こんなに沢山の
過去に生きた人たちが
いたからこそ在るもの。


あなたのいのちの中には、
過去に生きた人たち、
今いただいている食べもの…
膨大な数のいのちが共にあって、
そのいのちの連なりの最先端に
あなたは いるのだということ。


いま生かされ生きていることは、
本当に奇跡的で、
あなたのいのちは
ものすごく尊いものなのだということ。


…そしてそれは、
あなただけではなく、
みんなに
その“いのち”が平等にあること。


全てがいのちで繋がっていて、
“いのち”において平等ー。


残していきたいこと、
残したい理由に気づけた今、
あとはしっかり動いていこう。


書き出しているうちに、
自分に伝えたかった
言葉なような気もしてきて不思議。


ちなみに
全く記憶のない小学生の頃の夢は、
“絵描きさん”でした。
いまでは全く描かないので、
自分で自分の答えにビックリ(笑)


絵や文章から
過去の自分と再会できて、
その自由さに羨ましくもなった。
これから、
ゆっくり戻っていけるといいな。


小さい頃の記憶が
ほとんどない自分にとって、
作品を残してくれた母にも
感謝の気持ちでいっぱい。


“残す”ことで得られるものを、
また実感することができました。