なまえ | ともむすび

最近、
名前を褒めてもらえることが
何度かあり、
照れくさくなりながらも
嬉しくなりました。


実は、
ずっと自分の名前が
好きではありませんでした。


小学生の頃、韓国の祖母に
「みおだけ男の子みたいな名前だ。」
(“お”が付くから)
と言われてから、
妹2人の名前を羨ましがったり、
自分で自分の名前を言うときも
違和感のようなものを感じながら
過ごしてきました。


それが今になってやっと、
愛着を持てるように…


きっと、
いま周りにいる
名前で呼んでくれる人たちのおかげ。


勝手な解釈ですが…
呼ばれることで、
名前に込められた
言(音)靈を反芻でき、
本来の自分(の名前)らしく
いられるようになってきている
ということもあるのかなと…


でもそれ以上に、
好きな人たちから
名前で呼んでもらえて、
ただ単純に
愛着が湧くようになったのかも(^^)


祖父がつけてくれた名前。
父も祖父も他界して
由来を直接聞くことはできないけれど、


名前の由来に関するサイトに
“「未央」とは、
果てしない、
尽きることがないという意味。
果てしない未来に向かって
進んでいってほしい。”


“長い楽しみ未だつきず。
人生をずっと楽しんでほしい。”


とあったのを見て、
込められた想いを
もっと意識して
生きていきたいと思いました。


そして、
名も知らない“第三者”ではなく、
姓も含めて
名前で呼び合える関係性を
もっと増やし
一緒に楽しく過ごしていきたいなと。


今朝は、
亡き父が生き返る夢をみました。
最期を看取れなかった
未練からかなとも思ったけれど、
夢での父は
あの苦しそうな表情ではなく、
穏やかに微笑んでいて
また会いたいなと思わせてくれました。


お父さんの分まで
ちゃんと生きなきゃな。


おじいちゃん、
素敵な名前を授けてくれて
ありがとう。
この名前に
ピッタリの自分を目指します。


写真:2009年
最後に父と里帰りした際に撮った
祖父と祖母


あっという間の10年。
だけど、
父も祖父も亡くなり
父のこの実家も、もう無い。

あっという間に感じても、
変わりゆくことは大きい。

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